東日本大震災の日はアーリーリタイアという発想が生まれた日

東日本大震災の日はアーリーリタイアという発想が生まれた日

こんにちは有栗です。

今日で、あの3月11日(東日本大震災)から10年が経ちますね。

つい先ほど14時26分に長崎でもサイレンが鳴りました。

つい最近、東日本大震災の余震がありましたし、10年経った今でも4万人以上が避難生活を続けているといいますから風化させてはならないとつくづく思います。

さて、実は、10年前の今日は、私にとっても色んな意味で忘れられない日です。

勿論、震災が起こったことこそが最も忘れられないことではありますが、私自身のアーリーリタイアにも大きな影響を与えた日でした。

その日は、午前中に、妻が、勤めているパート先から早退して帰ってきました。

20年以上勤めているパート先を早退したのはこの日と今年の1月6日の2回のみです。

今年の1月6日の早退は、会社の隣の席の人がPCR検査で陽性と判明したため、強制的なものでしたが、10年前の3月11日は自主的なものでした。

そして、帰ってきたら、すぐにベッドに横に。

ベッドで横になる妻

特に熱があったり咳をしたりする訳でもなく、「大丈夫か?」と何度か声をかけても、「ちょっと具合が悪いだけ。大丈夫」と。

数時間後に発生する地震や津波のことを考えると予知能力があったのかもしれません。

よく、テレビとかでも地震などの前にいちはやく犬が反応するのを観たりしますしね。

犬や猫には予知能力があるという話もありますし、妻は戌年です。

私だけ昼食を摂り、その後はいつものようにパソコンで仕事をしていましたが、午後3時頃になると、突然、仕事をしている部屋のテレビに緊急地震速報が流れてきました。

そして、1時間もしないうちに、津波を移した映像に。

さすがに妻も起こして今起きていることを話しました。

最初の頃は平野を流れる高さ1mくらいの津波の映像でしたが時間が経つにつれて過激な映像に。

後の調査によると、津波の高さが15m~20mに達したところもあったとか。

マンションで言えば5~6階部分に相当する訳ですから想像を絶します。

その日は仕事を早めに切り上げ、テレビに釘付け。

妻と一緒に津波とACジャパンのCMをずっと見ていました。

一瞬にして家や車、人が流されていくのを見て衝撃を受けました。

これまで長い年月をかけて積み上げてきたものが一瞬にしてパーです。

大切な人や物も一瞬にして失ってしまいます。

こういうことを目の当たりにしながら自分の人生について考え込むようになりました。

特に物欲が強い人は、それでいいのかというシグナルを感じたのではないかと思います。

そういう日が何日か続いたと思いますが、私は早いうちに資産の棚卸と今後の生活のシミュレーションをエクセルでまとめはじめました。

何となくですが、もしかしたら仕事を辞めても貯金と年金で何とか生活していけるのではないかと閃いたためです。

震災で何もかも失う人たちを見て、ストレスを感じながら稼ぐよりも、健康で文化的な最低限度の生活ができれば、それで十分幸せなんじゃないかと考えるようになりました。

勿論、その時すぐに結論を出すことはできませんでしたが、東日本大震災がキッカケでアーリーリタイアという発想が生まれたのは確かです。

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