アーリーリタイアの決断を後押しした悲しい出来事

アーリーリタイアの決断を後押しした悲しい出来事

アーリーリタイアするかどうか悩んでいた頃、悲しい出来事がありました。

この出来事は私のアーリーリタイアの決断を後押ししてくれましたので、今日はそのことについて書いてみようと思います。

サラリーマン時代にお世話になった人がいました。

違う部署の部長です。

部長になるまでは比較的順調な人生だったと思いますが、新入社員の歓迎会の席で同じ部署の女性にちょっとしたセクハラまがいのことをしてからは、日の当たらない部署を転々とする羽目になりました。

酔った勢いとはいえ、自業自得です。

それからは再起をかけて頑張ってましたが、1年ほど経ったある日の深夜、会社から車で帰宅途中、交通事故を起こしてしまいました。

車ではねた相手は死亡。

先方の道路への急な飛び出しが原因ということでしたが、それからはハンドルが握れなくなり、会社の近くの寮に単身で引っ越して徒歩で通勤していました。

仕事も多忙を極め、当時は公私で相当なストレスだったと思います。

それから1年もしないうちに肝臓を悪くしたのかお腹に水が溜まる病気を発症。

バレーボールのようなお腹になって只ならぬ病気であることは一目瞭然でした。

間もなく入院。

退院しても会社にまともに出勤できなくなり課長に降格。

そして上司に進退を迫られ、退職することになりました。

退職してしばらく休養した後は、それまでの人脈と経験を生かして、国道沿いにピザ・パスタ店をオープンしました。

駐車スペースが若干狭いものの立地も良くなかなか立派なお店です。

お店に伺ったときは、私にお店の損益計算書を自慢げに見せるほど元気になられていました。

お店には、奥様と子供さんも一緒に働かれていました。

やっと、落ち着くことができるんだろうと、私もホッとしてました。

色々なことでずっと苦しんできたのを近くで見てましたから。

でも・・、

訃報が届いのはそれからすぐのことです。

元気になられたと思った矢先でしたので驚きました。

彼は私を含めて周りには自分の病状については一切話をしませんでしたが、自分が死ぬことを分かっていたのかもしれません。

自分が亡くなった後のことを考えて残された家族が路頭に迷わないようにお店を残したのかもしれません。

きっとそうに違いないと思います。

その後しばらく足が遠のいていたピザ屋に顔を出そうと妻と出かけました。

でもそのお店、

もぬけの殻になってテナント募集という張り紙がされていました。

その頃、私はアーリーリタイアするかどうか悩んでいる時期でした。

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